大判例

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鳥取地方裁判所 昭和42年(ワ)90号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(イ) 被告は、昭和四三年当時三九才の婦人で鳥取市立高等女学校を卒業後二二才で獣医たりし北浦一と婚姻し、夫との間に長女一人をもうけたが、被告が二八才の時夫一が死亡したので、被告は一時実家に身をよせ、その後、昭和三九年三月頃から老人ホーム長者寮の寮母として同寮に住込みで勤務をするようになり現在に及んでいる。

(ロ) 原告とその夫山崎泰昭とは、もともと性格の相違から、その夫婦生活が必ずしも円満にはいつていなかつたのであるが、後記のように泰昭が被告と肉体関係をもつようになり(尤もこのことを原告が知つたのは昭和四〇年一二月末頃のことであるが)、一方、原告も気が強く、とくに、興奮しやすい性格で(尤も原告が興奮する原因についてはもとより泰昭がその責任の一端を負うべきである)、興奮すると泰昭につかみかかつたり、大声で同人を面罵することが度重なつたので泰昭の心はますます原告から離れていくようになつた。

(ハ) 昭和四〇年七月頃泰昭は教え子の小学生達を連れて被告が寮母として勤務している老人ホーム長者寮の老人の慰問をしにいつたのがきつかけとなつて被告と知りあつたが、両名は互に共鳴しあうところがあつて親しくなり、交際をはじめ、やがて方々をともに旅行するようになり、同年一〇月頃両名の間に肉体関係が生じたが、それも泰昭が被告に対し被告を好きだから原告と別れるといい、被告も泰昭の情にほだされた恰好でそのような関係ができたのであつた。

(ニ) 泰昭は、同年一二月一九日、前夜原告に無断で外泊した(この時も同人は被告とともに温泉地に泊つたのであるが)ことを原告からなじられ、かつ、泰昭が原告に対し年末賞与のほんの一部をしか渡さなかつたのでこのことを原告から問責されて原告と口論したが、このことをきつかけに、原告方を飛出し、その後岩美町、ついで、ついで鳥取市内に下宿する生活をはじめ、被告との前記関係を続けた。

(ホ) 同年一二月末頃原告は泰昭と被告との関係を感知するにいたり、泰昭に右関係をたつて家に戻るよう迫つたが、泰昭はこれを肯んぜず、同人は、昭和四一年一一月になされた鳥取家庭裁判所の審判により命じられた原告に対する婚姻費用の分担金の支払についてもこれを満足に原告に支払わない状態にあるのみならず、昭和四二年二月頃から、被告所有の鳥取市吉方にある家屋に移り住み、前記長者寮から時たま帰つてくる被告と関係を続けたが、現在も、原告方に戻り、原告との夫婦生活を復活する気持になれない状態にあり、むしろ原告と離婚したい希望をもつている。

(ヘ) 被告も、右の泰昭との関係を清算しきつていない状態にあるが、泰昭において原告方へ戻るというのであれば泰昭をあえて引きとめる気持は持つていない。

かように認めることができる。

3 ところで、本件におけるような不法行為の成否の判定に当つては、主張されている侵害行為の態様につきとくに慎重な検討、吟味が加えられるべきであると解されるところ、右認定事実によると、なるほど、泰昭と被告との関係により原告が精神的苦痛をうけたことがわかるけれども、一方、被告が泰昭に対し、詐術、詭計等その他不穏当な方法を用いて同人を誘惑したとみることは未だ困難であるのみならず、右関係についてはむしろ泰昭の方が積極的な態度で被告に対し働きかけていることがわかるから、原告において泰昭に対しその不貞を問責するのは格別、右の関係についての被告の行為を原告に対して向けられた違法な行為とみることすなわち右行為が原告に対する不法行為を構成すると評価することは困難であつて、他にこれを認めさせる資料はない。

4 右の次第で、原告の請求は右の点においてすでに理由がない。(海老塚和衛)

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